【裁判員裁判】検察官の「求刑」の意味
今週、担当していた強盗致傷事件の裁判員裁判があり、昨日はその判決でした。
結論としては、懲役3年の判決でした。
検察官の求刑(※)は懲役6年でしたので、求刑の半分です。
結果の当否はともかく、いろいろ反省するところもありますので、さらに精進したいと思います。
強盗致傷事件の裁判員裁判 求刑の半分の判決に | 東京で刑事弁護・刑事事件・裁判員裁判・少年事件なら「東京ディフェンダー法律事務所」
(※求刑:検察官はどのくらいの処罰がよいと考えているかの意見 )
さて、求刑の半分、といえば、千葉でも「求刑の半分となったこと」やその事件の経緯について、報道で話題になっている事件がありました。
<娘絞殺>「困窮、非難できず」減刑し懲役7年 千葉地裁 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース
佐々木一夫裁判長は「突然、仲の良かった母親に殺された被害者は誠にふびんだが、原因の全てが被告にあったとは言えない」と求刑の2分の1とした量刑の理由を説明した。
判決前の報道による事案の詳細はこちら↓
生活困窮:強制退去の日、娘を殺害 千葉地裁で12日判決 - 毎日新聞
結論である7年という刑の妥当性は、証拠も公判も見ていないので何とも言えません。
人一人の命を奪って7年は軽いという見方もあると思います。
ただ、14年という検察官の求刑については、同種の事件の量刑相場からすると、その妥当性はどうだったんだろう・・・・という印象はあります。
もちろん、人一人の命を奪った以上は、その責任をとらなければならないのですが
一方で、公平性という要請もあります。
昔から判決は、検察官の求刑の8割くらいに落ち着くことが多い、と言われてきました。
(ちなみになぜか東京では8割、大阪では7割くらいという違いがあると修習生の頃に聞いたことがあります。それも不思議な話ですが・・・。)
一方で、弁護人は、執行猶予があり得る事案では「猶予とすべき」と言い、それが法律上(あるいは前科や事件の性質から)困難な事案ではただ「寛大な判決を」と述べる弁護士が多かったです。
裁判員裁判が始まってから、弁護人も刑に関する意見を具体的に言うべきだ、という流れができました。
私自身も、通常、具体的な数字を意見として言います。
また、裁判員裁判が始まって以来、検察官の求刑もあくまでも検察官の意見という見方は広がったようには思います。
それゆえに、求刑を超える判決や、求刑を大きく下回る判決も少ないものの昔よりは増えているようにも思います(正確な検証はしていないので日弁連で研究したり報道を見たりしている限りでの感覚ということにはなりますが)。
また、「当然、求刑よりはいくらか割り引かれるだろう」という考えも通用しなくなっています。
弁護人は、「なぜこのような刑であるべきか」を説得的に語る必要があります。
ただ、依然として、求刑の数字に引っ張られる傾向があります。
過去の量刑相場に縛られる必要はないのですが、
「検察官の求刑から大きく引き下げるのはやりにくいな」という心理的抵抗から相場より重くされるようなことが起こってしまうと、それは不公平です。
さらに、「重めの求刑を言う → 判決も従来より重めになる → 次の同種事件においては過去の事件の量刑相場自体が重くなる」
ということになると、相場がどのくらいが適切なのか、だんだん分からなくなっていきますしね。
今回、14年という求刑が相当だという説明が十分になされたのかが気になるところです。
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